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サイパン3日目~島北部で見たもの~


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今回の旅行で一番来たかった場所。


バンザイクリフ


字の如く、太平洋戦争の時、アメリカ軍に追い詰められた民間人を含んだ日本人が投降勧告や説得に応じず「天皇陛下、万歳」と叫びながら自決した崖。


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ここを訪れたのも10年ぶり。

改めて感慨深いものが込み上げてきた。


この崖から身を投じた日本人の数は1万人。

80m下のこの真っ青で美しい大海が血で真っ赤に染まったという。


その瞬間、彼ら日本人は何を想い、願って身を投じたのか。

今の俺たちには彼らの本当の気持ちを理解することは難しいのかもしれないけれど、この崖と慰霊碑を目の前にした時、自然と手を併せる自分がいた。


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またこの供養碑の奥にそびえ立つ山。


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スーサイドクリフ


これも字の如く、スーサイド(suicide)、「自殺の崖」という意味。


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この崖の天辺から見渡す景色は正しく絶景。


でも奥に見える海岸線にはさっき紹介したバンザイクリフが広がる。


この崖からも何人もの日本人が身を投じたという事実がある限り、ここから見る景色を笑顔で眺める余裕は俺たち日本人にはなかった。


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そのスーサイドクリフの麓にあるのが日本軍最後の司令塔跡。


そこには大砲や魚雷、戦車などの残骸が残されたまま。


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大砲の奥に見える岩肌の中が軍の司令室跡。


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中は分厚いコンクリートに覆われているもののその損傷は激しく、その戦闘の爪跡が俺たちに当時の壮絶さを教えてくれた。



日本が経験した戦争が正しかったかどうかの議論は別として、今回この場所を訪れて改めて思ったこと。


それは紛れもなく純粋な日本人の命が沢山消えていったということだった。

当時の日本での教えに習い忠誠を誓う。

それでも中にはそれを違うと思っていた人達もいたはず。

当然いろんな考え方を持つ日本人がいたはずだけど、はっきり言えることは、


現在の俺たちなんかより純粋で真っ直ぐな人たちがそこにいたということだ。


そんな日本人の命が犠牲になったということを激しく悲しく思った。



終戦から65年。

歴史のバイオリズムという観点からみて、生まれた時から厳しい時代を1日も経験しないで人生を終えることができるラッキーな日本人はどれ程いるんだろうか。

このまま平和な時代がどれ程続くのかと考えてしまった。


俺たちは戦後の高度成長期に生まれ何不自由なく育ってきた世代だけど、もしかしたら近い未来に生死を分けるような時代に巻き込まれるかもしれない。


不景気だなんていうレベルではなく、もっと深刻な時代がもう目と鼻の先まで迫ってきているんじゃないか。


そんなことまでが頭を過ぎってしまった。


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