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心に刻まれた奇跡


8月7日の夕方、突然携帯電話が壊れた。


新しい機種にして半年も経っていないのに、何故か着信のみが不可能という不可解な事態に陥った。


発信は可能だけど着信は不可能。(電話とメール両方とも)


誰かが俺に電話をかけようとしても即留守番電話に切り替り、おまけに着信通知も受信できないので相手からのコンタクトに俺は気付くことさえできない。



結局その後も電話が鳴ることはなく1日が終わり、俺は眠りに就いた。




翌朝7時半を少し回った頃、珍しく俺は涙で枕を濡らしながら目覚めた。



それはある夢を見たからだった。



珍しく奈良にいる祖母が出て来た夢。




夢の中で祖母は何処かへ帰ろうとしていた。


夢だから前後関係ははっきり覚えていないが、とにかく何処かへ行ってしまう夢だった。


そんな祖母のために俺は1個のおにぎりを作ってあげようと懸命に米を握るのだが全く上手く作れない。



結局そのボロボロのおにぎりを祖母に渡しながら俺はこう言う。



「結局、俺はおばあちゃんに何もしてあげられなかった。。。」



夢の中で俺は号泣していた。





目が覚めて我に戻った瞬間、当然ながら嫌な予感が頭を過ぎった。




「まさか、、、そんなことねえよな。。。」




と、そこへ今まで着信不能だったはずの携帯電話に着信通知のみが数件入ってきた。



それはお袋からの着信が数回、妹からの着信が数回という通知だった。



すぐさま俺は電話をかけた。



これも夢だと思いたかったが、やはり祖母が亡くなったという知らせだった。


89歳だった。




息を引取ったのはこの日の午前7時50分頃。


俺がその夢を見ていたのが7時を回った頃だろうから、祖母は逝く直前にわざわざ俺に会いに来てくれたということになる。


俺はこれを偶然だとは思っていない。


悲しかったけれど、これで祖母との最後の時間がしっかりと心に刻まれた。





さらにこの後、携帯電話が不可解な故障を引き起こした理由にも気付かされる。




祖母の訃報を聞き、すぐに俺は奈良へ向かう準備へと移った。


同時に壊れた携帯電話を修理のためショップに預け、代機種は以前使用していた機種を久しぶりに復活させてその場をしのぐことにした。



そこで気付く。



実はその代機種には祖母の肉声が録音されていた。


それはある日の祖母からの留守電を録音しておいた、今となってはこの世に唯一の祖母の肉声だった。



その録音されている祖母の言葉とは、


「タカヒロ、元気か?おばあちゃんやで。また声聞かせて下さい。」




考え過ぎかもしれないが、あの不可解な故障は祖母の想いだったんだと俺は勝手に理解している。





聞けば祖母は90歳を目前としたその歳で、さらに寝たきりの身だったにも関わらず、日々気持ちをしっかりと持ち懸命に生きようと頑張っていたらしい。


祖母は昔からたくましい女性で、31年前に祖父を亡くしてから1年半前に倒れるまでずっと大阪は東大阪の自宅で一人暮らしをしていた。


それまで病という病にも侵されず、実に80歳を過ぎるまで難波の中華料理屋でパートをしていたくらいだ。




でも、もう十分頑張ったよ、おばあちゃん。


31年ぶりにおじいちゃんと再会できて良かったな。


2010050104




【追記】2010.8.16


その後、携帯が修理から戻ってきたが、電話自体に異常は見当たらなかったとのこと。



こんなことってあるんだな。




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17:59 | おばあちゃん | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

東大阪の家


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東大阪にある祖母の自宅。


奈良の叔父の家から車で30分のところなので、いとこ夫婦と一緒に訪れてみた。



2010050102


ここは親父が小学生の頃から住んでいた古い長屋。


部屋は一昨年の暮れに祖母が倒れたその時のまま。


なんだか時間が止まってしまっているというか、生活の匂いが感じられないどんよりとした空気がそこには漂っていた。


2010050103


これは祖母がそれまでいつもタバコを吸う時に座っていたソファー。


30年前に亡くなった祖父もここでタバコを吸っていた思い出のソファーだ。




東大阪の自宅を訪れて一つ残念なことがあった。


それは匂い。


俺にはこの東大阪の家の匂いが今でも忘れられない。


それが祖母の匂いだったかどうかは分からないけれど、いつも漂っていたあの独特な匂いが今はもう消えていた。



仕方がないことだけど、寂しかった。




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08:01 | おばあちゃん | comments (1) | trackbacks (0) | edit | page top↑

奈良に来た理由

2010050104


今回、奈良の叔父の家を訪れた一番の理由。


それは一昨年の暮れに倒れて以来寝たきりになってしまっている祖母に会うため。


なかなか都合が合わず先送りになっていたけど、今回やっと会うことができた。



倒れるまでは東大阪の自宅で一人暮らしをしていた祖母。


それまでは体も心も健康で、病院嫌いというのが祖母のこだわりでもあった。


その祖母も今年で90歳。


体に不自由が出ても仕方がない年齢だ。



それにしても思っていた以上に顔色が良くて安心した。




ちなみに写真の赤ちゃんはいとこの子供。


今回、叔父の家には2人のいとこがそれぞれの旦那、子供を連れて里帰りしていたので、家の中は子供たちが走り回ってゴチャゴチャ。


旅路よりも疲れたかも。。。



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14:09 | おばあちゃん | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

祖母の状態


15:00 大阪の親父から連絡が入った。

祖母は命に別状はないとのこと。

本当に良かった。

ただ原因が脳梗塞だったため左半身が麻痺してしまうらしい。


祖母は東大阪市に住んでいる。

基本的に祖母の面倒は大阪にいる叔父(長男)が看ているが、祖母自身は約30年前に祖父を亡くしてからは一人暮らしを通してきた。

80歳を過ぎるまで毎日駅まで歩き近鉄線に乗り、難波の中華料理店で働いていた。

夜は俺よりも夜更かしをし、深夜のお笑い番組を観ては爆笑し、そして朝は遅かった。

常識で考えられる老人とは全く逆な生活。

離れて住んでるからか、いつまでも「若いおばあちゃん」というイメージのままだった。


でも、もう88歳。

遅いかもしれないけど、もう88なんだよなぁと実感した2日間だった。


それにしても今年も年を越せて良かったな、おばあちゃん!


15:36 | おばあちゃん | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

大晦日


こんな辛い大晦日は初めてだ。

おれは今月28日から大阪の祖母の家へ行くはずだったのだが、風邪を酷くこじらせてしまい今回は止む無く中止にしていた。

3年ぶりの大阪、何故行こうと思ったかというと、

先日久しぶりに祖母と電話で喋った時、俺の「体は大丈夫か?」という問いに対して、

祖母は、「88にもなれば大丈夫なことないやろ。」と答えた。

それは半分冗談ではあったけど、さすがに当然だと思った。

おれはその言葉が強く印象に残り、なんとなくの焦りを感じながら大阪行きを決めた。

結局予定日前日になっても風邪が酷くて中止に。。。

幸い祖母には大阪に行くことは話していなかったので、風邪が良くなり次第行こうと思っていた。


ところが昨日(30日)のこと、

おれの携帯に大阪の叔父から電話が入った。

それは祖母が倒れたという知らせだった。

おれの親父に連絡が取れないから取次いでくれとのこと。

祖母の状態は、現在集中治療室で今すぐ危ないということではないらしいが、高齢ということで今後の回復には難を要するという。


群馬と大阪という距離、その他諸々のことを話し合って、とりあえず今回は親父が一人で大阪に向かい、お袋と俺と妹はこっちでその後の連絡を待つことになった。


祖母はとても強い人だから今回も回復してくれると信じている。

しかし俺が大阪行きを辞めたとたんに倒れるなんて、こんな悔やまれることはない。


13:16 | おばあちゃん | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
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